テープ起こしセンター
合併や社名変更、反トラスト法の適用などによる栄枯盛衰はあったが、20世紀初めの大企業のほとんどはその後の70年間、地位を維持してきている。
20世紀初めの大企業は、歴史上に例がないほど激しい淘汰の嵐が吹き荒れるなか、産業界の戦いに勝ち抜いてきた。
RF、CNといった実業家は、冷酷なまでの効率性と競争相手を叩きつぶす実行力とで業界の頂点にのしあがってきた。
ドイツやイギリスを代表する化学企業や鉄鋼企業は、いくつかのニッチ分野でアメリカ企業を打ち負かすことができたが、全体としてみれば、アメリカの産業界には過去に例をみないほど強力な企業がそろってはじめている。
USスティールは誕生の時点に、鉄鋼市場で50パーセントを超えるシェアを握っていた。
同業他社の経営者がUSスティールの高価格を受け入れれば、どの企業もシェアを維持でき、繁栄するとGは主張した。
192年にSダード・オイルが分割された後、石油業界も同様の仕組みを作り、自動車、テレビなどの新しい業界もやがて同じパターンになった。
鉄鋼会社のある経営者は上院の反トラスト委員会で、価格維持協定についてこう説明している。
「当社が価格を引き下げれば、競争相手も同じだけ値下げし、利益が減少するので、結局はほぼ同じ価格に戻ることになる」第2次世界大戦のために、アメリカ企業はこのお気楽な支配体制を維持し、強化することができた。
戦時の軍需品契約と戦後の再建需要で巨額の利益を得たうえ、海外の競争相手は戦火で破壊された。
1950年代に、ある鉄鋼会社の営業担当役員が自慢している。
「当社の営業担当者は鉄鋼製品を販売しているのではない。
割り当てているのだ」。
だが、Gが確立した「価格管理」の制度のもとで、競争は骨抜きになり、技術革新が止まってしまった。
鉄鋼生産の技術革新の中心はヨーロッパと日本に移っている。
1950年代には、大手労働組合がこの制度に引き入れられ、GMの方式が労働協約のひな型になった。
業界の価格設定者が通常、労使交渉も主導する。
協約は通常、期間が3年であり、予想される生産性の伸びに合わせて賃上げ率が決められる。
後にインフレ率が高くなると、予想される生産性伸び率と毎年のインフレ調整とによって賃上げ率が決まるさりになった。
しかし70年代には生産性が伸びなくなると同時にインフレが加速し、企業はコスト上昇の問題を解決できなくなった。
1950年代から60年代初めにかけて黄金の時代であったことは、当時も認識されていた。
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